生い立ち

「温故知新」とはよくいったもの、協会の歴史の中には「問題解決」のヒントが山ほどあります。ここでは協会の半世紀を、その元の、関西のユニークな半世紀に重ねて、いわば「関西のIE百年」を確かめてみます。歴史のヒントを活用して「問題解決」のエンジンとしていただければ幸いです。

1.元の旧「関西IE協会」は昭和34年(1959年)に設立されました

旧関西IE協会は昭和34年、生産性向上の基盤を担う機関として生産性関西地方本部(現(公財)関西生産性本部)内に設立されました。初代会長住友電気工業社長北川一栄氏は学者経営者として知られ、当時しばしば問題となっていたIE・QC・OR等の概念論争を不毛の論議として戒めました。「本質はいずれもサイエンティフィック・アプローチ、要は科学的に取り組むことが大切なのだ」と『科学する心(問題意識、questioning attitude ”WHY”)、「知ること」を愛する精神』の錬成を訴え、三現主義、〈事実〉に基づくべし、と説いて関係者の結束を促しました。

その考え方は、昭和44年に関西OR協会等と合同・設立された「関西経営情報科学協会」に引き継がれ、新協会の北川会長はさらに、「これからは〈ソフト・サイエンス〉がものをいう、〈ソフト・エンジニアリング〉の時代だ、という認識でものごとに取り組むように」と協会活動を方向づけました。

2.設立の背景には関西の先駆的伝統があります

IEや生産性の活動は第2次世界大戦後のもののように思われがちですが、実際には戦前早くから先駆的な活動が活発でした。関西では、それらの原点である「科学的管理・能率増進運動」が明治の萌芽期(たとえば三菱電機の前身では明治38年から実践)を経て大正時代すでに活発化しており、北川会長の考えはそれらの流れを受けたものでした。

科学的管理や能率増進の考え方は、関西もともとの「始末・才覚・算用」や「三方よし」などの発想と共通する点が多く、当時日本の産業をリードしていた関西の先進企業が共感をもって新たな指導原理として迎え入れたのでした。やがてそれら先進企業の強い要請によって設立された全国唯一の公立専門機関「大阪府立産業能率研究所」は戦後まで長らく中核的役割を果たしました。

海外との交流もまた盛んでした。ライン・アンド・スタッフ組織を創案したH.エマソンは来日来阪を重ねて知った豊臣秀吉のIE専門家としての実績と発想を絶賛し、加えて徳川幕府への奉行制継承を確かめて「日本のライン・アンド・スタッフ組織こそ本物である」と、大著『能率の12原則』に特筆しました。彼はまた僚友C.B.ゴーイングが20世紀初頭にコロンビアやハーバードのビジネス・スクールで教えた名著『インダストリアル・エンジニアリング』の内容を伝えました。

昭和になって、エマソンと一緒に来阪したL.M.ギルブレスは作業研究や労働科学の概念と方法を伝え〈IEアプローチ〉は製造業だけでなく流通・農場・学校・病院等〈およそ人間の組織的協働のあるところすべて〉に適用されるべきものである、とIEの本質を説いて啓蒙しました。

またエマソンの弟子C.ネッペルは、昭和4年に始まった大恐慌に際して、著書『プロフィット・エンジニアリング(《損益分岐点》手法)』を健全経営の指針として提唱し、一方ハーバードのケース・メソッドで知られるH.デニスンも著書『オーガニゼイション・エンジニアリング』に〈「改善」の組織的積み重ねこそ「変革」の基である〉と説いて、ともに恐慌(変革)克服のバックボーンとなりました。

それらはIE活動の基本的役割が、変化・変革の困難を解決し経営を先導するところにあることを一貫して示しており、われわれが新たな変革に取り組むときの方向と解決力を与えてくれます。

3.発展期の重点活動-問題解決アプローチ、異業種交流、人材開発、海外交流

協会の設立はまさに成長への変革期。戦後復興から飛躍発展するための問題解決や異業種交流の必要に応えて、IEの特質《コオーディネイション》機能による横断的問題解決力の錬成を掲げ、事例研究、文献研究、セミナーとともに中核人材の継続的育成強化に力を入れました。

基盤人材の継続的育成は「IE基礎コース」に始まります。全員が起居をともにして手法とIEマインドを体得する方式をとり、講義・実習は現実の〈問題解決〉に即して一体化されました。先輩(インストラクター)が後輩(参加者)に密着して鍛え伝授するというプロセスが重視され、密度の濃い〈生産文化〉が形成されました。インストラクターたちは競って全力投球し、夜を徹して参加者と一体になって分析討議しまとめ上げるという方式は、チームワークと問題解決力が飛躍的に向上する予期以上の成果をもたらし、高い評価を受けて他地区のIE協会など各方面に広がりました。

そのように組織的〈問題解決アプローチ〉を重視した背景にはいくつかの動機があります。

その典型が、米国政府から派遣されて来阪したM.マンデルやR.レーラーの影響です。

レーラーは当時の日本人の意識があまりに手法中心である点を戒め、「IEは〈手法〉ではなく〈概念〉であり、〈問題〉こそ主人公なのだ」と強調しました。組織的〈問題解決力〉を重視したのはそれらの動機によります。一方、マンデルやレーラーの指導を機に、幹部人材を米国で集中的に育成する計画が進み、山岡浩二郎副会長を団長とする研修団がジョージア工大に派遣されました。延べ5回に及ぶ派遣には関西以外からの参加もあって広く幹部人材の育成強化に寄与しました。

このプロジェクトは協会直接の海外事業の中で特筆さるべきもので、その主張「モダンIE」は基礎的な概念と方法にORの概念や手法などを融合した多面的アプローチによるシステム設計や問題解決の有用性を唱え、新たな指針としてわが国のIE活動に新鮮な刺激を与えました。

4.基幹研究会の歩み-「IE応用研究会」から「戦略的統合生産システム研究会」に

「IE応用研究会」は、幅広いIE研究会から、オイルショックを機に注目されたトヨタ生産方式の一般化を目指して特化・分離した研究会です。昭和53年(1978年)から9年間の活動成果をまとめた「ストックレス生産」(日刊工業新聞社、1986)は、簡にして要を得た内容で高く評価されました。

その後、関西経営情報科学協会は関西経営システム協会と改称して関西生産性本部に場を移し、その機会にIE応用研究会は「戦略的統合生産システム研究会」(通称SIGMA研究会)と名称を改めました。この名称は昭和55年(1980年)米国に派遣された「80年の経営」チームの優れた調査内容である「生産の多国籍化と経営戦略、コア技術のライフサイクル転位と生産システムの戦略的統合・特化」などの概念をもとに付けられたものです。

前身以来、協会事業の核として四半世紀を超えて続けられてきた研究会活動は、関東から九州に及ぶ広く多様な業種・規模・職位のメンバーによって、なお日進月歩の進化を見せています。「知的生産の場」を標榜する例会活動での研鑽とともに、有志による作業部会では、「問題意識と進取の精神」を旨として、手法開発、プロセス系の問題解決、グローバル生産再構築等の課題について自主的・実際的な取り組みが活発に行われ、変革への力強い歩みが続けられています。

研究会の活動報告として刊行された「戦略的統合生産システム“SIGMA”」(日刊工業新聞社、1993)は、その独創的内容によって広く注目されました。

5.新生「関西IE協会」-新たな方向

上述した関西経営システム協会は平成15年4月、名称を「関西IE協会」と改めて(現(公財)関西生産性本部)傘下の専門機関として再出発しました。幾多の変遷を経て原点に回帰した、といえましょう。

改めて新生「関西IE協会」の出発点に立ってみると、バブル後の宿命的な変革を成し遂げて新時代を築くための諸々の課題や、20世紀を省察して21世紀の基軸原理「持続可能性・持続可能な発展」に取り組むための諸課題の重みを、ひしひしと感じさせられます。

しかし冷静に考えてみると、さらに大きい変革期を乗り切ってきた先人たちの偉大な英知をまだ十分活かしきっていないことに思い至ります。改めて原点的に学習し、当面の問題解決とともに、環境問題、「人間」問題、社会的責任等を内包する深層課題に取り組まねばなりません。IEの原点的立場の柱である組織論の観点から見直すことは、そういう意味で大変重要なことです。

IEの対象は、いわゆる固有エンジニアリングと違って「人間」を直接含んだ「仕事のシステム(ワークシステム/仕事の組織)」であることから、組織論的課題、たとえば、プロジェクト・タイプの仕事をうまく進めるカンどころ、それをつかむ力量、組織のどこに橋を架けるのが有効かを判断する力、リーダーシップの「時と場合」、意思疎通のカギ、部門・機能・権限構造の最適化設計など、と見てみると、右肩上がりの時期に横断的解決機能・解決力が著しく低下したままの状況が尾を引いているのではないかという懸念が浮上します。組織力を最大発揮する〈コオーディネイション〉機能が改めて強く意識されなければならないことが歴史的必然として感じられるのです。

実際、少なからぬ企業に今なお、右肩上がりに馴致された発想や行動パターンが残っている状況が見られます。実は〈状態の変換〉はIEの得意わざ『設計アプローチ』の真髄であります。旧態からの〈状態の変換〉なくして「変革」の成功はありえません。組織エンジニア、晴れの仕事です。

ゴーイングが百年前に説いた「インダストリアル・エンジニアリング」の特質《コオーディネイション》機能による横断的問題解決の必要性、つまり「横串し」をとおし協働して問題を解決する必要は、変化・変革の度合いが大きくなるほど高く、格段の収穫が得られることは、優れた企業すなわち優れた生産文化ベクトルを創出し得た企業の例が如実に物語っています。

《コオーディネイション》は、「目的に関係するすべて(の要素・要因)を全組織的に糾合し、組織力を最大発揮させる努力」のことですから、すべてのワークシステムの設計と運用・問題解決における基軸エンジンとして働きます。IE関係者、組織の中核メンバーが組織力学的に有効な方策をとることが出来ればコオーディネイション機能は着実に働きます。

一世紀前のIErがそうであったように、また変革の節目に努力を傾け奮闘したIErがそうであったように、変化・変革を達成するためには、IE関係者が、組織論とりわけ「組織力学的構想力(たとえば「チームワークと競争=志気の相乗」を組み込んだ組織設計、タスク・チームの構想・設計・実現シナリオなど)」と「経営戦略の力量」をもってコオーディネイトすることが一層望まれるのです。

そのように経営の構造面を意識しつつ、現代の経営に即した〈競争優位〉の戦略意思と〈最適なワークシステム〉の絶えざる追究を融合させて取り組むことが《改善進化》を《変革》に結実させ、21世紀の基軸課題《持続可能な発展》に適い、さらなる飛躍を約束することは間違いありません。

故 藤田彰久(関西大学名誉教授)

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